紅茶の淹れ方考察―ミルクが先か紅茶が先か。

紅茶について

今日では紅茶も様々な飲まれ方をしているので、美味しい淹れ方といっても色々な方法があります。
結局のところ、自分で一番美味しいと感じた淹れ方が正解ではありますが、やはりこういうものにも「定型」というものはあります。

ここでは、ミルクティーの作り方についての面白い議論をご紹介します。

 

「ファミリー・エコノミスト」の10ヶ条

1800年半頃、イギリスで家庭向けの「ファミリー・エコノミスト」という雑誌に、美味しい紅茶を淹れる心得が10ヶ条にわたり紹介されました。

①紅茶には水が最も大切で、硬水は風味を損なうので注意すること。
②やかんはフタがしっかり閉まるもので、水垢が出ないこと。
③ティーポットは銀製が最上で、以下、中国陶磁器、イギリスの金属製、黒色のウェッジウッド、イギリスの陶磁器と続く。
④ティーポットへの湯の注ぎ方は、三人分の場合、最初に適当な量、それから人数分のカップの量、最後にもう二杯分の量を入れる。これならおかわりにもすぐに応じられる。
⑤茶葉は良いものを選ぶこと。紅茶は健康に良いと考えられているが、一般には緑茶とのブレンドが好まれている。
⑥1オンス(約28グラム)の葉から2クォート(約2.3リットル)の茶をいれるのが適量。
⑦茶葉は、人数分に必要な量を一度に入れること。少しずつ足していくと風味を損なう。
⑧茶を淹れるには、まず葉が十分湿る程度の少量の湯を注ぎ、2~3分経ってから必要な量を入れること。但し、5~10分以上はおかないこと。
⑨トレイにポットを置くときは、熱が逃げないように羊毛のマットを敷いた上に乗せる。
⑩良質の砂糖とクリームを用いること。まずカップに砂糖とクリームを入れておく。その上から紅茶を注ぐと、より滑らかに混ざり、良い風味が得られる。

実に細かく決められている紅茶の淹れ方ですが、最後のクリーム、つまりミルクの淹れ方が決まっている所が面白いです。

イギリスでミルクティーのことは「ミルクティー」ではなく「ティー・ウィズ・ミルク」と言いますが、これを作るときに果たして紅茶が先かミルクが先かという問題は永きにわたり議論されてきたことでした。
それがこの雑誌ではミルクが先だと決められています。

さて、それは本当に間違いのないことなのでしょうか。

結論は最後に譲るとして、この淹れ方と逆、つまりミルクを後に入れるべきとする意見を述べたジョージ・オーウェルのエッセイと比較してみましょう。

 

ジョージ・オーウェルの11ヶ条

紅茶好きの学者として知られるジョージ・オーウェル。彼の著書の一つに、「一杯のおいしい紅茶」(1946年)というエッセイがあり、ジョージはその中で美味しい紅茶を淹れるための厳密な11ヶ条を論じています。
このエッセイは「イギリスの紅茶道の権威的決定版」として有名になり、多くの人が彼の淹れ方を踏襲してきました。

①紅茶の葉はインドかセイロン(現スリランカ)のものを使うこと。
②陶磁器のポットで淹れること。
③ポットはあらかじめ温めておく。
④熱湯1リットルにつき、茶葉はティースプーンに山盛り6杯。
⑤茶葉は直接ティーポットに入れる(ティーバッグのような袋に入れない)。
⑥水は沸騰したてのものをすぐに注ぐため、ポットをやかんのところまで持っていく。
⑦ポットで蒸らしたら、よく揺すってから葉が底に落ち着くまで待つか、かき混ぜる。
⑧カップは円筒形のマグ状のものが冷めにくい。
⑨紅茶に入れるミルクから、乳脂分を取り除いておく。
⑩紅茶を先にカップに注ぎ、後からミルクを入れること。
⑪砂糖を入れると味を損なう。

但しジョージは、この11ヶ条はジョージ自身のための処方であるとし、「そのうちの二点には、大方の賛同を得られるだろうが、少なくとも四点は激論の種になる事だろう」と述べています。紅茶の淹れ方について議論することが、当時のイギリスの万人共通の楽しみだったことが窺えます。

注目すべき点は⑩の「紅茶を先にカップに注ぎ、後からミルクを入れること」という一条。
ジョージ自身は、ミルクを紅茶の後から入れていけばミルクの量が調節できるので、ミルクを後にすべきだと理由づけています。確かに一理ありますよね。

このエッセイが出された後、イギリスの色々な茶商がそれぞれの美味しい紅茶の淹れ方を発表し始めます。
有名なトワイニング社では紅茶の淹れ方を9ヶ条にまとめ、ミルクはジョージとは逆の先入れ派の立場をとりました。
以後、150年以上もこの論争は続いていきましたが、2003年にようやくその終止符が打たれる発表が出されました。

 

英国王立化学協会の「完璧な紅茶のいれ方」

2003年、英国王立化学協会が科学的に立証した一杯の「完璧な紅茶のいれ方」を発表しました。
英国王立化学協会とは、イギリス人だけでなく外国人も含む、科学者、科学教育関係者、化学産業関係者など、45000人ものメンバーで構成冴える世界的な化学研究団体です。19世紀にいくつもの化学団体ができていましたが、1980年に4つの団体が一つにまとまり、現在の王立化学協会になったそうです。

「完璧な紅茶のいれ方」は、ジョージ・オーウェルの生誕100年を記念して発表されました。
内容は、茶葉や水などの材料、紅茶を淹れる器具、そして淹れ方10ヶ条です。

<材料>
・アッサム紅茶のルーズリーフタイプ(お湯を注ぐとポットの中で元の葉の形に戻るもの)
・軟水
・新鮮な低温殺菌牛乳
・白砂糖<器具>
やかん・陶磁器のポット・陶磁器の大きめのマグカップ・細かい目のストレーナー(茶こしのようなもの)・ティースプーン・電子レンジ<淹れ方>
①やかんに新鮮な軟水を注ぎ、火にかける。時間、水、火力などを無駄にしないよう適量を沸かすこと。

②湯が沸くのを待つ間、1/4カップの水を入れた陶磁器のポットを電子レンジに入れ、1分間加熱し、ポットを温めておく。

③やかんの湯が沸くと同時に、加熱したポットから湯を捨てる。

④カップ1杯あたりティースプーン1杯の茶葉をポットに入れる。

⑤沸騰しているやかんまでポットを持っていき、茶葉めがけて勢いよく注ぐ。

⑥3分間蒸らす。

⑦理想的なカップは陶磁器のマグカップだが、あなたの好みのもので良い。

⑧カップにまず先にミルクを注ぎ、続けて紅茶を注ぎ、おいしそうな色合いになるのを目指す。

⑨砂糖は好みで入れる。

⑩紅茶の飲み頃の温度は60~65℃で、これ以上熱いと飲みにくく、下品なすする音を立てることになる。

この淹れ方には更に細かく注釈がついています。

A.
一度沸かした水ではなく、新鮮な汲み立ての水を使うこと。一度沸かした水は酸素を含んでいないので、紅茶の味を引き出すことが出来ない。B.
硬水は避けること。硬水に含まれるミネラルが表面に不快な膜を作る。もしひどい硬水地区に住んでいる時は、軟水処理のできるフィルターを通して使うこと。市販のミネラルウォーターも同じ理由で使用しない。C.
完璧に淹れるためにティーポットを使用し、リーフタイプの紅茶を使う。ティーポットは陶磁器製が良い。金属製は紅茶の風味を損ないやすい。ティーバッグは手軽であるが、抽出を遅らせてしまう。美味しい紅茶に必要な担任が出るのには時間がかかるので、香りを発揮することが出来ない。

D.
茶葉を大量に使う必要はない。カップ1杯あたり2グラム(ティースプーン1杯)を基準にするのが適量である。

E.
紅茶の抽出はできるだけ高温で行われる必要があり、そのためにポットを温めておくことが大切である。沸騰した湯を少なくともポットの1/4ほど注ぎ、30秒以上おかねばならない。それから素早くポットの湯を捨て、すぐに茶葉を入れ、沸騰したての湯を勢いよく注ぐ。

F.
もっと効率よい案としては、電子レンジでポットを温めておくこと。ポットの湯を捨てて茶葉と湯を入れる時、すぐに次の動作をすることが大切である。ポットをやかんのそばに持ってきておけば、時間差が起こることはない。

G.
茶葉にもよるが、通常は3~4分蒸らす。長く蒸らせば良いというのは神話である。カフェインは比較的早期に抽出されるので、初めの1分ほどでおおむね完了する。しかし、紅茶にとって最も重要な水色(=紅茶の色)と香りを与えるポリフェノール複合体(=タンニン)は、それより遅れて抽出されるので、もう少し待たねばならない。但し、3分以上経つと、分子量の大きなタンニンが出てきて、風味を悪くすることがある。

H.
好みのティーカップとはいっても、ポリスチレン製のものは使用しないこと。これに入れると紅茶の温度が下がらず、いつまで経っても熱くて飲めない。そして高温のため、ミルクもダメにする。
<br?
I.
超高温殺菌牛乳(120~130℃で2秒間)ではなく、低温殺菌牛乳(63~65℃で30分間、または73℃で15秒間)を使う。超高温殺菌牛乳では、すでに一部のタンパク質が熱変性してしまっているからである。
もし牛乳を熱い紅茶に注ぐと、少量ずつの牛乳が熱い紅茶の中に入ることになり、その高温によって確実にタンパク質の熱変性が起こることになる。反対に、冷たい牛乳に熱い紅茶が徐々に注がれれば、牛乳の温度はゆっくり上昇するため、変性ははるかに起こりにくくなる。牛乳と紅茶が一度混ざってしまえば、ポリスチレンのカップでない限り、紅茶の温度は75℃を下回るはずである。

J.
牛乳も砂糖も、好みのよって入れても入れなくても良い。しかし、両者とも紅茶の渋みを和らげてくれる。

K.
紅茶を飲むのに最も適温なのは60~65℃で、もしこの検証通りに淹れた紅茶なら、淹れてから1分以内に得られる温度である。ティースプーンをしばらくカップに入れておくのも、適温にまで下げるのに有効である。

成分の抽出や茶葉の量、お湯の量、熱変性など、さすが科学的に検証されただけのことはあります。読んでいるだけでなんだか理科室で紅茶を淹れているような気にさえなってきますが、面白いのはジョージ・オーウェルとは逆の立場をとった、ミルクを先に入れるという点。
これを検証したのはラフバラ大学のアンドリュー・スティープリー博士で、その科学的な実証には反論の余地もありません。

タンパク質の変質とイギリスの牛乳

熱により変質してしまったタンパク質は、固くなり、硫化水素の硫黄臭が発生してしまいます。
一般的に紅茶の自然な香りはバラ、スミレ、スズランなどの香りの成分が含まれているそうですが、これらと熱変性してしまったタンパク質の匂いの相性は良くありません。この硫黄臭を防ぐために、ミルクを先に入れるだけではなく、低温殺菌のものを使うべきだとしているのです。
イギリスの牛乳は、含まれる脂肪の球を細かくし、脂肪分を均等にする処置を施す日本の牛乳と違い、脂肪分が不均質のままであるものが好まれています。
この牛乳は常温で放置しておくと、脂肪球と乳蛋白が上の方に浮かび、クリームの層を形成します。この部分は乳脂肪分が18~20%にもなり、クリームラインと呼ばれています。上のクリームラインと下のミルクを分離した状態で入れた方が、クリームの風味が良くなり、ベタつきもなく、後口がさっぱりとするのだそうです。

イギリスの人々は紅茶とともに甘いスイーツや油分たっぷりのフィッシュ・アンド・チップスを食べます。そのため、ミルクティーもあっさりとしたものが良く、このような牛乳が好まれるのだそうです。

 

3つの淹れ方を比較して

結局、科学的観点からミルクは先に入れるべきであることが実証されましたが、それ以外にも面白い点がいくつかあります。

まずはティーカップ
一般的に紅茶を飲む際は、口が広く底が浅いティーカップが良いとされています。これは紅茶の香りと美しい色を楽しむためです。
しかし、ジョージ・オーウェルも英国王立化学協会も、カップは厚手のマグカップが良いとしています。
両者どちらも保温性が高いことを理由にしていますが、思うにこれはあくまでも「美味しい紅茶」を淹れることに重きを置いているからでしょう。香りや色も楽しむとなれば、やはり口の広い浅底のティーカップが一番だと言えます。

実際、私も紅茶を飲むときはマグカップがほとんどです。ティーカップは滅多に使わないですし、がぶがぶ飲むのに使うものでもないですよね。ティーカップの繊細さには「上品さ」がどうしてもついて回るので、日常向きではない気がします。
それでも、ゆっくりとティータイムを楽しむときには使ってみたいです。

次に砂糖
結局こちらはそれぞれの好みでということになりますが、茶葉の種類によっても変わってくるものです。
濃い目に抽出されるような茶葉になら入れたいと思いますし、ミルクティーも私はどちらかと言うと少し甘い方が好きなので入れますね。
キリッと冷たいアイスティーには入れませんが、たまにハチミツを加えて甘くすることはあります。
風味を損なうという意見もあるようですが、風味こそ人それぞれ感じ方が違うので、甘い紅茶が好きな人にとってはノンシュガーの方が風味悪く感じるのではと思います。

そして電子レンジの活用。
これこそ今だからできる技術であって、ジョージ・オーウェルが生きていた時代にはなかったでしょうから、比較対象に挙げられていること自体が面白いです。
というか、そんな簡単に温めるような淹れ方でいいんだ…と逆に拍子抜けしました(笑)

でも私も電子レンジは使います。
ティーバッグを入れっぱなしにしたカップにお湯を注いで飲むことが多いのですが、3杯目にもなるとやはりもう紅茶の抽出は止まってしまいます。
うっすぃ茶色のお湯を飲んでいるような感じになりますが、これをそのまま電子レンジで2分程チンすると、結構色濃く抽出されるんですよね。コレ、裏ワザです(笑)

温度も別に熱くても「ずずずっ」なんて音は余り立てませんし(熱いとチビチビ飲むから)、温くなってきた紅茶は正直余り好きではありません。中途半端なものがキライな性格をしているので、熱いか冷たいかはっきりして欲しいんです(笑)

今回の比較はあくまでも「ミルクが先か紅茶が先か」の決着をつけるものです。どの淹れ方が自分に合うかは、やっぱり人それぞれではないでしょうか。

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